願書の書き方は重要か?重要でないか?
小学校受験、幼稚園受験において、願書自体はそれだけで合否を左右するものでないことは言うまでもありません。
このことを捉えて、願書そのものはあまり重みのあるものではないから、大人が頭を悩ませて書くほどのものではないという考えの方もいるようです。
学校説明会にも出席しないで締め切り間際に願書を出したり、志望理由の内容がどんなものか想像できる「場慣れ」を目的した受験であっても、合格しているケースは中にはあるでしょう。
でも、たまたま運がよかったかも知れないそのようなケースを取り上げても、願書の書き方はどんな場合でもその程度でいいのだという理由にはならないと思います。
願書だけで合否が決まることは確かにありませんが、しかし願書には、幼稚園受験でも、小学校受験でも、次のように合格を左右するするようなとても重要な役割があることも事実です。
・願書は面接資料になること
・願書は面接官に第一印象を与えるものになること
・願書には家庭環境、健康状態、父親の職業など、合否の検討材料となる情報がたくさん盛り込まれていること
特に考えなければいけないのは、一つ目にあげたように、願書はそのまま面接のための資料となり、面接は、願書を見ながら願書の記入内容について行われるのがほとんどだということです。
中でも「志望動機」や「家庭の教育方針」などの内容は、願書記入という形で行われる事前面接のようなものと考えるべきでしょう。
二つ目の第一印象もとても重要なことになります。
事前に願書を見た面接官に「これを書いた親に会ってみたい」と思わせるような願書と、一目見ただけで「またこのパターンか」と思われてしまうような願書とでは、面接官の印象には雲泥の差がつくでしょうし、その印象の違いが面接本番のときの質問のし方などに大きく影響するだろうということは容易に想像できます。
第一印象のいい願書には、ポイントとなる「志望理由」、「家庭の教育方針」、「子どもの長所短所」なども「好意的に質問してくる」というメリットが期待できるのです。
このように願書の記入は、幼稚園受験、小学校受験にとって大変重要なことの一つであり、親の面接と並んで、がんばる子供に親がしてあげられる数少ない支援の一つです。
真剣に志望するのであれば、親のできる支援を最大限にしてあげるのが親としてのあり方だということでしょう。
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願書の書き方のポイント
幼稚園受験、小学校受験などの願書の書き方のポイントをとり上げてみます。
■まず心がけたいこと
願書に限らずどんな文章や書類でもそうですが、十分な準備なしには人の目を留めさせる良いものはできません。
プロの作家でさえも作品執筆の前に取材や下調べを結構時間をかけて行いますが、願書の場合も、いかに早い時期から準備に取り掛かれるかが大切なポイントになると思います。
中でも、志望動機、志望理由を書くときに必要になる志望校の教育理念、教育方針の理解については、その理解のしかたが深ければ深いほど熱意のアピールにつながりますし、志望動機を説得力あるものにします。
教育理念、教育方針の十分な理解や、それらと家庭の教育方針との突合せによる志望動機の組み立ては、短い期間の付け焼刃ではとても困難なことだと思います。
ですから、願書の用紙を入手する前から、つまり志望が決まり受験を思い立ったらすぐにでも願書作成や面接に向けた準備や対策を始めるという位の気構えで取り組むのがいいでしょう。
■試験官に着目され読んでもらえるような文章を目指す
きめられたスペースに書くことのできる文字数で、無駄なく的確に、しかもインパクトのある文章を書くことはなかなか簡単ではないですが、上述のように早い時期から準備を始めて、時間を十分にかけて何度も推敲し、何回か他の人にも見てもらいながら仕上げていきましょう。
そのような期間中は常に頭の中に願書のことがあるため、通勤途上や家事の途中などにふとアイデアが浮かんできたりするものです。
試験官は、一人で大量の願書に目を通していると考えなければなりません。
あなたのところの願書だけ丁寧に読んでもらうことなど、期待する方が間違っていると考えるべきです。
数多くの願書の中で「この志望動機はちょっと読んで見ようか」と試験官に思わせるような、通り一遍でない説得力のある文章を目指したいものです。
■常識の範囲内を守る
限られたスペースにできるだけ多くの内容をびっしり書き込むことが熱意の表れになると思う方もおられるかもしれませんが、筆者の新人採用などの時の経験などから見ても、おおむね逆効果になると思います。
記入スペースの大きさというのは、学校側が常識的と考える文章量の想定に基づいており、常識的な記入方法を守るということも重要であると思います。
常識から外れた極端な書き方は、熱意は認めてもらえるかも知れませんが、読む方の立場になって考えると、配慮のない独りよがりなことであり、決してプラスにはなることはないと考えるべきでしょう。
■アピールするべきことを自然な形で埋め込む
文章の流れがぎこちなくならないよう、自然な流れの中でアピールしたいことを文中に埋め込みます。
アピールした方がいい内容は、例えば次のようなものです。
・公開行事へ参加して心を動かされたこと
・志望校の研究が深いこと
・学校との繋がりや親の学歴・職業など
いずれも共感したことや心を動かされたことを自分の言葉で書くことにより、志望の熱意や教育理念、教育方針の理解が深いことを伝えることができるでしょう。
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幼稚園受験願書/幼児教室に頼らない
少々過激なタイトルになっていますが、幼児教室のことを難じているのではありません。
「幼児教室」を「専門家」と置き換えてもいいですし、「ほかの人」に置き換えても同じだと思います。
要は、こどもの教育の主体はあくまでも家庭であり、幼児教室は家庭教育を補助する役割だという基本を忘れると、願書や面接などの重要な場面において幼稚園や小学校の側からすれば「家庭の教育」の様子が見えてこないことになるという話です。
確かに幼児教室には、願書の添削や面接のリハーサルのようなことまでメニューになっているところがあるのも事実ですが、それは、本来家庭で考え準備しなければならないことでも幼児教室に頼るらざるを得ない家庭が多いからだと理解するべきです。
そのような家庭が多いということは、あなたのこどもの願書の場合も、幼児教室に頼ってしまえば、願書の読み手というプロから見ると「またか‥‥」と受け止められる願書になってしまう懸念があるということです。
クローンでない限り世の中には同じ人間がいないように、ましてや夫婦、親子で築いている家庭に全く同じ家庭というのはあり得ないでしょう。
家庭で親がこどもを育てる思いや教育方針も、この世に全く同じというものはあるはずがありません。
ネガティブな言い方で「親の顔を見てみたい」という言葉がありますが、願書、中でも志望動機で幼稚園や小学校が求めているのは、ポジティブな意味で同じ視点だと思います。
欲しいこども、つまり入園、入学させたいこどもが、どのような家庭で、親のどのような思いや教育方針の下で育てられているのかを知り、「なるほど」と納得のうえ、合格させたいのだと思います。
幼稚園や小学校だって、志望するこどもの親の誰もが、判で押したように園、学校の教育理念や教育方針に全面的に共感・心酔することなど、不自然であり、あり得ないことだと考えているはずです。
幼稚園、小学校は、自らの教育理念、教育方針と各家庭のそれとは同じはずがないという基本認識の上で、それぞれの家庭教育の方針や思いが、園、学校の理念・方針とどのような接点を持って来るのか、その接点が教育成果を期待させるものであるかどうかを見ているのだと思います。
この「接点」は各家庭でそれぞれ違うはずであり、リアリティーのある「接点」の発見は、幼児教室ではなかなかむずかしいだろうと思うのです。
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